解体が始まったけど、私は悲しい

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解体が始まったけど、私は悲しい

 

ついに始まった解体。
前日、最後の確認に行って、家の写真を撮りました。

もうこの家はなくなってしまう。
私の大好きだった、おじいちゃんとおばあちゃんの家。

解体される瞬間なんか見たら泣きそう、と思いました。

 

まずは、建具を全部外すところから始まります。
毎日畑に行く父が様子を教えてくれました。

 

しかし早くも2日目、私の心を打ちのめす出来事が。

 

父「庭に置いてあった石臼がないんだけど、持って行ったのかなぁ」

 

え?そんなはずないよね。
石は全部残すという内容で打ち合わせが済んでいます。
そもそも石臼は、庭でこんなふうに使いたいんだ~、という話をUさんにしていたんだから。

夜でしたが、明日の朝になれば連絡して聞いてくれるかなと思い、UさんにLINEしておきました。

 

 

Uさんの回答より早く、父が朝一番で解体屋さんに出会ったので、石臼の所在を聞いてくれました。

なんと、重機でガサーッとしたので真っ二つに割れたと言うではありませんか。

 

 

そんな。

どこかに持って行ったなんてことじゃなく、もうあの石臼は存在しないんだ。

仕事中だったけど、その話をメッセージで受け取って、私は泣きそうになりました。

 

あの家はなくなってしまうから。
家にあったもので、大切に使えるものを何かずっと残しておきたかったのに。
だから石臼を睡蓮鉢にして、私の好きな小さな蓮を育てようと計画していたのに。

 

解体屋さんは、
「あー、アレ、いるんだったの?
石うすが欲しいなら、うちに取りにくればもっといいのがあるよ」と。

でも、そうじゃないんですよね。

「おじいちゃんとおばあちゃんが使った石臼」だから意味があったんです。

 

この気持ち、家族はみんなわかってくれました。

 

Uさんには、
「石うすを残しておいて頂くようにきちんと伝わってなかったのでしょうか。
本当に残念です。」
という意味の文章を、大変柔らかい表現で、
気持ちを抑えて、抑えて、抑えて、お伝えしました。

我慢しすぎて、抑えすぎて、柔らかすぎたのか、
「すみません」で終わりでした。

 

私はまだもやもやしています。

あきらめきれない自分がいるのです。

 

 

 

 

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